昭和42年11月01日  月例祭



 あの親神様の氏子としての自覚が、金光様の御信心の、第一歩でございます。天地の親神様の氏子である。大神宮様の氏子でもなからなければ、荒神様の氏子でもない、お釈迦如来様の氏子でもなからなければ、何々の命の氏子でもない。天地金乃神の氏子であるという自覚。その自覚が出来るところから、親であり子であり、天地の親神様であり、また氏子であるという、そこからお道の信心が始められるものでなきゃなりません。
 金光様の御信心を頂いておりましても、なるほど日々、生神金光大神天地金乃神様とこうお唱えはさして頂いておりましても、ね、その天地の親神様がどういうようなお方か、すらも分からない人が、実を言うたら沢山おるのじゃなかろうか。親なればこそ、親神様なればこそという実感も何にもなしに、ただ親神様だ、天地の神様だと言っておる人がどのくらいお道の信奉者の中にも多いか分かりません。
 どうして分からんのだろう。話を聞けば分かるけれど、その分かったじゃいかんのである。心の通うものでなからなければならない。それは、肉親の親子が、やはり思い思われするあの交流がありますように、天地の親神様との間にそういう交流が始まって初めて、お道の信心の有り難さというのは分かるのでございます。ただお願いをしておかげを頂くということが、お取次を頂いておかげを頂くとこういう風に申しますけれど、それだけではね、場合によりますと、もう何々様でも良いことになってくるのですよ。ね、
 こちらに発行しござる仏様がござると言うと、そこへ迷う。どこがおかげを頂けれるげなと言やぁそこへ走る。ね、親ですからそんな風に簡単に変えられるもんじゃない。よしそれが、口論喧嘩いたしまして、ね、もう親でもない子でもないと言うたところで、この縁は切れるもんじゃあない。いつかはまた、親と子とが繋がる。言わば、誓いをお互いが、願い合うような、ものでありまして、天地の親神様というお方と、私共との繋がりという、いわゆる親子の続柄なんだ。その続柄が、いわゆる心から分からしてもらう。
 「なるほど天地の親神様だなぁ」と、親なればこそだなという、日々をです、過ごさして頂くところから、神恩報謝、本当の意味での神様の御恩に対するところの、報謝の生活が出来る。それを、信心生活と言うのである。ね。 天地の親神様の、我氏子であるという、心からの分かり方、そういう自覚、ね、そこで、そういう自覚が出来るために、お互いがお話を頂き、信心の稽古をさして頂くのでございます、話しを聞くと「なるほどそうだなぁ」ということは分かります。
 けれどもやはり心が通わなければ駄目なんだ、そこで信心の稽古をさして頂いていく内に、体験が生まれてくる、なるほど親だ子だという、ね、そういう、親と子の願い合いというようなものがです、願い願われていく中から、親子の関係、親神様の思い、または親神様の私共にかけて下さるところの願いというようなものも分かってくる、そこんとこの願いが分かってこなければ椛目の信心は分かりません、神様に、私共が願うだけ、これじゃいかん、ね、私共の願いもさることながら、神様の願いもまた、私共の一人一人の上にあるということ、ね。
 だからその願いが成就してこそ、おかげなのである「もう家の子供は一つ、貧乏で一生を過ごしいいが」「家の子供は一つ一生貧乏で過ごしゃぁいいだろう」と、思う親がないように「どうでも幸せになってくれよ」「健康になってくれよ」「一生(?)でおかげを頂いてくれよ」というのが、親の子に対する願いであるように、天地の親神様のまた私共一人一人の上に「真実幸せのおかげを受けてくれよ」「どうぞ信心しておかげを受けてくれよ」とおっしゃるのはそれなのだ、そういう願いを持っておられるのでる。
 だからそういう願いが成就するということ、そういう願いが叶うていくということのために、私共は信心の稽古をするのである、「そんなら、私のお願いをどんどん聞いて下さりゃいいじゃない」というて、それで、その願いが成就したからというて人間の幸せに、じゃないということを皆さんがご承知であろうと思う、「百円(?)して下さい」「おっしゃっ」と、ね、はたしてそれで幸せかどうか、そうじゃないでしょうが、ね、真実幸せというのは、自分の心の中にある、外部にあるものではない、自分の心の中にあるのだ、それを本当のものになっていくにしたがって、本当のそれに対するところの形というのが、伴のうてくるのがおかげなのである、ね。
 そこで、ぎりぎり私は神様の氏子であるということが分からして頂くために、信心する、修行さしてもらうのである。(お茶)今日、丁度十二時、下がらして頂いておりますところへ、先日から何回かお話いたしましたですね、あの、盲さんと、あの跛さんの結婚式が、これは教会ということになってから初めての結婚式がここであった、実に(厳粛?)な、その結婚式であった、勿論どちらも信心のない方ですけれども、仲人さんが御信心を頂いておられますので、ここで結婚式があったわけなんです。
 その、その仲人さんと、その新郎新婦の方が今日はお休みだと言うので、お休みを利用してから、三人連れで、お礼参拝をして参りました、マッサージをする方なんです盲さん、と、奥さんになるのは、足がこのくらい悪いですね、くの字になってこう歩かんなんというような感じです、この方花嫁姿の時も可愛かったけれど、もう今日素顔で見たらとっても可愛らしい、もうマルボチャの、もう本当にフクフクしい顔、そすと、御主人の方は、まあ言うなら歌舞伎役者のような感じのですね、長顔の、それこそ中村佐助のような顔をしてる(笑)。
 ただ目が見えないのが欠点、色が白くて(     ?     )ませんから、もう実に奇麗な男である、もう本当にもう仲むつまじそうに、しておりますのを見てから、本当に悲しいまでに私は有り難いと思うた、丁度お昼のことでございますから、お茶をあげてから、御食事を一緒にさしてもらった、まあ初めてお礼に出てきたもんですから、私はお神酒を付けた、お茶を出しましたけど御茶菓子もあんまり食べないんです、それからお神酒を出しましたら、「いやお神酒はもう頂きません」とこう言う、はぁ神様の(?)と言うてっちから帰ったことですけれど、ね。
 そしてその、高松さんって言うので、高松さんを話しなる、「私は先生実は、六年、丁度この六年(?)時に片目になりました、そこで、あのマッサージの、教師になるために、そこっ、それから勉強を初めました、大学にまいりました、それから後一年で大学という時に、片一方の目も、無くしてしまいました」ね、それからそのマッサージの技を体得して、勉強は、その、それまでにそれを続けておりましたから、御かげを頂いて、なかなか、もうお医者さんのような、ことを言われます。
 「今日は、先生私が、これから休みたんびにお参りさして頂いて、先生、の体をマッサージしてあげます」と言うわけんです、「この次に灰と灸ば持ってきて」、「灰」っち、もうそれで(      ?      )私もうあれが大嫌いなんです(笑)、焼いてすえるというのは、どうででも、私、(?)さんが「いいや私もここにすえてもらいよります先生とっても気持ち良かですけん、内の人にて、すっ、すえて、もらって下さい」っち(?)言いなさるです、ね。
 おそらく今度来る時には、灰灸の道具を持って来るに違いありません、(笑)、これはもう本当に私、久富先生と座っとりましたけども、「とにかく見ときなさい」毎日まっ揉んでもらわななりませんから、(     ?     )、そしたらこう、こう脈っ、お医者さんが脈を取られるようにしてですね「あなたは糖尿病がお悪いですね、腎臓も少しお悪いですね、あなたの病名(?)は、半身なんとか神経痛と申します」と言うて、その、的確ですね「この骨のこの辺が痛いでしょ」「痛い」「こっち首をこうすると痛いでしょ、こっちすると痛くないでしょ」というような風に、もうやはりその学理的に、勉強しとりますから、また体験からも、それが分かるのでございましょうけれどもです。
 本当に、良い、言わば按摩さんでございます、按摩さんじゃないですかね、マッザーシでごさいます、マッサーシと按摩というのは違うそうですね、私は同じかと思うた、ところが按摩というのはこうやって使うんです、マッサージというのはそうじゃない、ね、あの本当にあの、今日そのわけを聞かしてもらったんですけどね、そしてその、まあ高松さんが言われるのにです。
 「先生私はそのようにして小学学年生の時から、片目を無くし、丁度二十歳の時に、後、後半年ばかりで卒業という時に、片一方の目も無くしてしまいました、そこで私は、どうでもこの道で言うなら、食べていかんならん成功せんならんとこう思いまして、以来私は、お酒も甘い物もタバコも飲みません」っち言う「もう盲の分際で、もうそげなもん飲みよると、たいっ、自分だけでやっとかっとで、奥さんには食べさないけません」っち言うてから、笑わせておられます、私それ聞かせて頂きながら思うたですね、
 「盲の分際で、タバコどん飲まれません」と「盲の分際で酒どん飲まれません」と、「とても甘い物も、一つもつまもうというような気にはなおさらなりませんという」その高松さんの気持ちがです、なるほどこういう幸せを獲得したんだなと私は思うた、ね、私が今日言う、天地の親神様、そして私共が氏子、親子とも、親子としての、言わば続柄というのがです、本当に交流するもの、通うものが頂けれる、生まれてくるためにはです、私はここから私共は修行をしなければ、本当のことではない。
 それを私がいつも言うように、信心(?)と言うても、私自身が本当に分かる事だという事なのである、私が心の盲なのだと「信心する者は肉眼をおいて心眼を開け」と仰る、心眼が開けてない証拠に、心の目は潰れておる証拠に、不平を言い不足言う不満を言うておるのである、人を怨んだり憎んだりもしておるのである、あれは心の目が見えないからなのです、言うなら、私共心の盲であるという自覚に立った、所謂私のような者がと、私のような者がと、とても食べる資格がありません、着る資格がありません。
 そこから、なら私の信心が、始まっておるようにです、私共ぎりぎりの、そこんところを一つ分からなきゃいかんのです、ね、中途半端から分かったではです、本当の神様の交流はありません、どんなに有り難いことが分かっても、ね、どんなにうまい(?)さして頂いていきよっても、どんなに(さがたんぶって?)拝まして頂いても、ね、それは何々様を拝むと同じである、神様、金光様のお取り次ぎの、の、おかげを頂いて、天地の親神様を拝むということが、私共が親である子であるという、そこのところから、拝ましてもらうのである。
 だから私共の場合はと、言わば(?)が、親に、親の膝に這い上がって行って、お乳をねだるように、そんな素直な素直な心で、親神様に願いともなしてもらえるという心、ね、そこからですね、金光様の御信心の、本当の信心が分かってくるのでございます、いや、でなからなければ親神様、私共の氏子ということがです、話しを聞いただけでは分からんのだ、なるほど親だなぁ、子だなぁと、親なればこそ子なればこそというところのです、言わばその、神様との間が、続柄というのが実感を持って分からない。
 金光様の御信心はそこから、私はいかなければ信心は本当な事じゃないと、それが基礎なんだ、それが分かるということが、そこでぎりぎりの私を分からして頂くということ、そこには例えば私が二十年前、終戦直後からです、ね、とにかく今までしてきておった自分がしておった、なるほどお願いをしておかげを受けてきたのです、で私北京へおりましたけども、さあなにかというと、電報打ちますともう打つ時におかげを受けておった、ね、確かにその有り難い神様であることも分かっておったけれどもです、それは、そこだけの神様であった、ね、天地の親神様とは言うておるけれども、その親神様としての、言わば、交流はなかった、ね。
  今朝から私御神前に出らして頂きましたら、頂きますこと、ある方が三人の子供を人力に乗せておる、ね、人力車ですね(?)、若い方は見た事もないかもしれませんね、人力車と、その人力車に三人の子供を乗せておる、ね、平道の時にはなんっ、まあ、平気で引いていったようですけれども、今度は坂道にかかった、ところがどっこいもう上には一寸も上られないというところである、ね、お互いがです、子供を持ちます、ね
 長男が産まれ、長女が産まれ、まあ三番目までぐらいは、それこそまあ言うなら(ちょうようはな?)に育てもするし、また自分の思うようなしつけも出来ますけれども、さあ五人になり六人になり七人になると私共(?)のように、七人にもなってまいりますと、もうそれがそういうですね、構うちゃおられん、(     ?     )っち言いよると誰か一人ぐらいおらん、と言うごとある。
 昨日も私共、一番下の、久富さんがお参りしてみえてからですね、「今日は栄四郎ちゃんがあの、(       ?       )ごたる」「そげなんこつがあるもんかあれがそげなんとこへ行くもんかい」っち、「いや確かに栄四郎ちゃんでした」、誰かお百姓さんにその、道を訪ねよりなさるごたる、はぁこれは栄四郎ちゃん(?)けんでって行った時にはもう向こうの方へ行きござった、「確かにありゃぁ栄四郎ちゃんじゃったが」と言うてその、「いやそんなことはあるまい」と思うたけれども、栄四郎に聞いてみたら「あぁ僕行ったよ」っちこう言う、「散歩で行ったら面白うかったけん向こうで行った」(笑)というわけなんですね。
 例えば自分の親の目の届くところでとこう思うておってもです、さあ(?)付けとくわけにはいかんからどこへおってどういうことをしでかすやら分からないでしょうが、ね、神様にお縋りしなければおられんのが私達なんだ、神様の御守護をどこへおっても、お守りを受けなければ、ようにも立ち行かんのが私達なのだと、ね、ある(?)の有名な教育者の方が、ね、それこそ息子さんは優等で卒業した、教育者ですからもう本当に箱の中に詰めるようにして、入れ、(?)を入れるようにして立派に育てた、(ここへも信者さんもろうた?)、初めは(?)の方が信心が出来よった、ところが最近は、(?)なったがと思いよったところが、ちょっとどもくれだした、ね。
 あのように真面目なのに、あのように教育を受けて、しかもお父さんはもう八十何歳になられますが、言わばその、その、教育でも教育しきっての、教育者であるという、さあ本当に型の中に自分が、思い人間人間心を育てた、それがもう立派であるということが、じゃないことがここで分かるでしょうが、ね、皆さんがこういうようなことを、皆さんの周囲にも沢山あるのでございますから、人間の知恵や力で(?)と言うて、ご立派なし放任主義というのではなくてです、本当にいの一番から神様にお願いをしお縋りをさして頂いての、お育てを頂かなければならない、これは子供を育てることだけのことではない一時が万事にそうなんだ。
 私共の商売が、ね、二十年前までの商売がです、いわゆる自分に自身がある、もう商売だけなら誰にも負けないという、自信を確かに持っておったから、まあいよいよどうこう出けん時だけお願いをする、それでもおかげを受けとった、実を言うたらです、言うたら、もう本当に私が、ね、(?)、一つ一つのタオルが自分の力で売れないことを、もういやと言うほど実感さして頂いたように、当時(?)の、鮮衣を扱っておりましたから、タオルなんかも扱っておった。
 もう自分の知恵やらショウタイ、といったり、言うけれども、おかげを受けておったから売れておっただけのことなんだ、とうず、と売り一筋が私の力やら知恵やらで売れないことが分かった時に初めて、今までのお粗末御無礼に気が付いた、ね、そこからいかなければ駄目なんだ、それにはだっ、いよいよ私が無力であるということ、私が盲であるということ、私が(?)であるということ、私が跛であるということ、心の、その自覚、本当もう、神様がもの言いござるばってん聞こえんでしょうが皆さん、ね。
 たとえば難儀なら難儀を難儀と見ておるでしょうが、(?)で不安で見るから、心の目で見てみなさいそれは神様の、言わば愛情の現れなんだ、心の目で見れば、その心の目も見えない、心の耳も聞こえない、私共だからです、それこそ今日の高松さんじゃないけれども、めくっ、「もう盲の分際でとても、酒ども飲みよったんでは、甘い物でも食べよったんでは、タバコども飲みよったようなことでは、一人もやまれないと思うて私は、それは頂きません」とこういう、そのところをです。
 私共は心の上に分からしてもらい、心の上に頂いて、まず自分自身の、言わば、心の風者であるということを分からしてもらう、神を「屑の子ほど可愛いのが親の心ぞ」と、ね「神は屑の子ほど可愛い」と仰せられる、あなたが貧乏しておるとが屑の子じゃない、あなたが今難儀をしておると言うから、なんっ、屑の子ではない、問題は氏子の一人一人が、屑の子の自覚に立った時、「私のようなつまらん者がございましょうか」。「私のようなお粗末御無礼な者がまたとありましょうか」「私のような盲が跛がありましょうか」と、分からせて頂くところにです、屑の子が、の自覚が出来ます。「神は屑の子ほど可愛い」と仰る、それを屑の子の自覚が出けたところからです、私は「なるほど親様だなぁ」「親神様だなぁ」という、おかげが交流してくるのですよ、ね。
  三人ぐらいならば、なるほど人力に、いっぱいつめば、三人ぐらいは平気でまあ、やっていけると思いよった、ところが実際、山坂にかかったところがどっこい、前には一寸も登れないということが分かって初めて、「どうぞ神様お願いします」というのはまだおそ、それはおそまきなのだ、ね、一人の子供でもです、ね、自分の思い通り育てると言うけれどもです、神様のおかげを頂かなければ、育てるということが出来ない、そりゃそのお手伝い、その御用をさして頂くだけなのだ、ね。
 一本のお野菜を作るにいたしましても、種をまいたから芽が生える、私が肥料をやった草を取った、こんな立派な野菜が出けたと、というのではなくてです、ね、なるほどそのお手伝いをさして頂いた、水もまいた、肥料も施した、草も取らせて頂いた、神様あなたのおかげでこのように見事なお野菜が出けましたというところにです、神様と交流が生まれてくるのですよ、「なんでやろか、お前達が草を取ったり、肥料を施したからこんなに見事に出けたのじゃ」「いいや神様、あなたのおかげ無しにはとても出来ることじゃありません、天のお恵みを受けなければ、地の愛知を受けなければ、お野菜一本出来ることじゃありません、机の上でお野菜が出けるはずがございません。
 大地の御恩徳、天の御恩徳によってからこのお野菜がこうやって見事に出けたのでございまず」ということをです、私は分からして頂くところからです、神様が「いいやぁお前達が努力したからじゃ」と、それを親と子があいよかけよでお礼を言い合いの中から、有り難いものが生まれてくる、ね、そういうところをです分からして頂く時に、いよいよ私共が、ぎりぎりの私という者を、本気で分からしてもらわなければならない、そこに必要なものが、鏡である、鏡の映るところの自分の姿というものを見てです。
 なるほど見苦しい自分だなと、汚い自分だなと、ね、それを私は教えと思う、教えの鏡を前に立てさしてもらうとです、「良かつのごと思うておったとが良かつどころではない、相すまんだらけの私であった」ということになってくる、そこで教えを頂かなければ分からないのだ、教えと自分、または、私の現在周囲に起こっておるところの姿がそのまま私の姿なのだ、これは私の鏡なのだ。
 子供が言う事を聞かん、ね、お金の不自由をしておる、って様々な例えばその難儀は、そのままあなたの心の鏡であると、まず悟らして頂いて間違いないのである、ね、そこに、お互いが我を取らなければいかん我をおわなければいけない、そして神様の前に無条件降伏をしなければいけない、「あなたのおかげを頂かなければ立ち行くことではございません、どうぞこれからはよろしゅう手を引いて下さい、これからはどうぞ神の杖につがっておかげを頂きます」という生き方、それを神様任せの生活とこういう、そこには我情があっては出来ることではない、我欲があって出来ることではない、ね。
 朝の御祈念は私は長い、一時間十五分はもうどんなしてもかかる、朝の御祈念にお参り日が「本当に先生の御祈念長いな長いな」とこう思うらしい、正義さんは最近毎朝朝の御祈念に参って来てから、二・三日前それこと思うた、「もう親先生の御祈念は長か」っち、もう言うならば、「御祈念がまちっと、五時に参ってきて五時半にぐらいにぞうっと帰られるごたるなら、もう本当朝参りしちゃ良かばってん」っちいう、(?)でしょうか、ね、ところがどうでも、お届けを終わらして頂いて七時、遅くて八時になってしまう、五時に参ってきとっても、(?)さして頂いておってもそうなんだ、ね。
 だから私がです、「落ち着きなさい落ち着きなさい、もうここで一時間二時間もう問題はなかて、(神に祈ること?)問題じゃなかて、そのことば神に祈ってっちゃおかげにならん」とまあ言うわけです。
  昨日一昨日へんでしたか、正義さんここへ出てみえてから、「本当に親先生の御祈念が長い長いと思よりましたが、この頃毎日お参りさして頂いておりましたら、本当に親先生が立たれる時にはまぁだ自分の祈りがたっ、まぁだ十分出けていなかったことに気が付いた、一生懸命御祈念をさして頂いてじっと自分という者を、いよいよ深く見つめさして頂きよったらもうお詫びのすることの多いこと多いこと驚いた、あれもこれも信心も出けんのにこのようなおかげを頂いてということが分かってきたらもうお礼を申し上げることのもう限りなくあることに驚いた、からと言うて、お願いせねばならんことがまだ沢山あることに気が付いた。
 それを願うたりお詫びしたりお礼を申し上げよったら、とても一時間ぐらいのことで足るこっちゃないように、有り難いものを感じるようになった」と言うております、ね、信心の時間というものはです、本当にそういうような意味合いにおいてです、けさけさで信心の稽古は出来やしません、ね、本気で填まらなければ出来ません、填まってもいいって、ね、人間の一番大事なもの、あの世にも持っていけばこの世にも残しておけれるような、尊いものを頂かして頂くということなのですから、ね。
 「私がこれだけは出来る」と言うておる人がです、言わばそれは人力を引っ張っておるようなものでございますから、ね、人力をおいて、神力、無辺、とおっしゃる、無辺の神力にお縋りをするということ、無辺の神力に一つになるということ、こん中に飛び込んでいくということ、神様の働きの中に飛び込んでいくということ、その溶け込んでいくということが、お道の信心、そんならばその溶け込んでいくということには、どういうことにならなければならんのか。
 いわゆるぎりぎりの自分っていうのがまず分からなければならないということ、いいですか、ぎりぎりの自分が分からして頂いて、私のような者がという、てんじせいにならしてもらう時に、ね、例えば私は今日、その盲さん達御夫婦を見て、その例えば御飯を、お嫁さんがこうやって、食べさしておられる、「これがあれですよ、これですよ」と言うてから、「これがあなたのお好きなあれですよ」と言うてこう、食べさしておられるのを見てです、私が前で、もうそれこそ、(りんじぎょころう?)、でなかじゃろかと思うぐらいにもうあったんです、私が、本当に奥さんがあげん大事しつめじゃと食べよかろうと、言う(笑)。
 そいけん悲しかったということもそうでもないらしいです、本当に私の心の中に悲しいまでに感動が沸いてきたということを、そういう姿をです、神様はどのように喜んで下さったことか、いわゆるその盲の自覚、跛の自覚が本当に出けておられるのですから、屑の子ほど神様は可愛いという思いが念がそこにあったんだと私は思いました、ですからまず何と言うても、自分自身をぎりぎり分からしてもらうために教えを鏡にしなければならない、自分の周辺の、問題を、自分の鏡と思わなければならない。
 こんなに苦しい問題が起こっておるとするなら、「そういう見苦しいものが私の内容にあるのだ」ということを、悟らして頂かなければならない、そして最近私が言っておりますように、そういう心でこの神様と合流することが出来る、ね、神様が屑の子ほど可愛いとおっしゃる、その可愛いというその、愛の手が差し伸べられるから、ここに一つになれれるわけなんだ、ね、そうでしょうが、ね。
 それからいわゆる私が最近言っております、天の心を心として地の心を心としてということなのである、これを今までは、天地の心を自分の心にと、神様の心を自分の心にという風に、表現しておりましたけれども、これは分解しなければ分からない、天の心を心としていかなければならない、ね、天は限りなく与えるもの、限りなく恵むもの、ね、私共だから天の心にならなければならない、ね、私共は真心を持って、真心を持って奉仕する時です、条件のない交渉をする時です、そこにはもう、天の心が、あなたの心の中に宿ったわけなんです。
 「こればこうしてやったけんでこうしてもらわにゃ」というのじゃないの、ね、天がお湿りを下さっても、御陽気を下さっても、条件がない、天はただただ与えるだけなのである、そのように与えてあるのである、そういう心を私共の心に頂く、それを教祖は「真であり、真心である」と仰せられた、まず天の心にならなければならない、本気で無条件の奉仕が出けらなければならない。
 金光様がそう仰せならばこれが何十年後にはどうなるけんでと条件があっちゃならないということ、神様の御用をさして頂くのであるから、何のそういう条件があって良かろうはずがない、次に地の心を頂かなければならない、地の心を心としていかなければならない、大地の心、大地は黙って一切を受けていく、ね、どういう木の枝が落ちても、木の葉が落ちても、うるさいともわずらわしいとも思わずに、それを黙って受けていく、ね、そういういわゆる母性愛的な母体というものがです。
 私共の信心の心に宿ってこなければならない、ね、子供がどういう難儀な事を持ってきても、大変どういう迷惑をかけられるような事があっても、これを黙って合掌して受けていくという、信心、しかもそれをです、自分の心がいよいよ豊かになっていくために、あの欲動、とこう申しますね、こういうところを欲動とこう言うが、いよいよこれと(?)それをしていく、もう枝も枯葉も全部自分の、言わば、泥の中に吸収していく、いよいよその泥を、肥えたものにしていくように。
 その問題を私共の心に受け止めて、それで私共がです、自分の豊かな心を頂かせて頂くところの材料にしていかなければならない、だけではない、それをまた草にも木にも、それを送っておるという働きがある、どうぞ育ってくれと言うて、その自分の有り難いものへ、その草に木に送っておる、商売敵がなんの、というても、その商売敵にでもです、祈りを送ってやれるという、私にならせて頂くことの精進が必要なのである、ね、人のために祈る、ね、「汝の敵を愛せよ」とキリストが言われたそうですけれども、そういうようなものなんだ、ね、そうしなければです、そうしなければ馬鹿らしい、ね。
 そういう心を私は大地の心と、大地の心を心として、天の心を心として、ね、そしてそれをひっくるめて、天地の心を心としてということにならなければならない、ね、「天地日月の心になること肝要なり」と仰せられる、信心はこれなのだ、ね、そこんところにお互いが日々の問題と取り組みながら、日々の、御用の中から、そういう信心を、身に付けていく、その身に付けていくための根本になるものが、私のような者がということなのだ、心の盲である、心の不具者であるという自覚なのだ。
 そうでしょうが、自分で自分の心が自由にならんめぇ、ならないでしょうが、心ですらが、ね、向こうに転ろうと思ってもこっちに転ぼうと思ってもどっこいころっ、心が言う事聞かん、はぁ心が暗い、いらいらする、落ち着こうと思うても落ち着かれない、心が暗いから明るくなろうと思うてもますます暗くなるばっかり、さあ自分で自分の心を持て余しておるのが私達なのである、ね。
 そういう、無力なる私であるということ、我無力であるという、私には何にも出けませんって、一人の子供なら育てきる、三人ぐらいまでなら大丈夫、というなことはないということ、ね、お商売でももう、このくらいなお金なら自分でやりきるといったようなことではなくて、そのいの一番のところからです、ね、根本的なところから、あなたのおかげを頂かなければ立ち行かない、そこに神様の前に無条件降伏が必要なのである、ね、そして神様から右を向け左を向けというような生きっ、あり方、それを有り難く、かしこみかしこみ受けさして頂くところから、ね、神様任せにならして頂く心やすさというのが生まれてくる、信心生活と私はそういうようなものだとこう思うのです。
  今日私その、え~、高松さん達夫婦の、お取り次ぎをさして頂いて、私が感じた、その悲しいまでの感動が、そのまま天地の親神様の感動であるとするならば、私共一人一人が、そういう感動を神様にです、起こさせるような、私になるために、私共がまず心の盲にならなければならないということ、そして段々おかげを頂いて心の目が開けてくるところの、おかげをです、肉眼をおいて心眼を開かせて頂くような、男にもならせて頂く時にです、神様の喜びがそこにあるのではないかと私は思うのです、ね。
  なかなか、こうやってお話しを頂いて、なるほどと思いよるけれども、実際自分の生活の上にそれを行じするということは実に、やはり、まあ、今までわがまま勝手な生活をしてきておるもんですから、なかなかその、お~、ぎこちない、ぎこちなくてもよいからそれを実行しなければいけません、実行して行く内にです、それが自分のものになる血に肉になってくるのです、ね。
  私は昨日、これは私の信心の一つの岐路であり、一つのこれはまあ、まあ大変な、私の信心にとってはです、一つの、境を成すものだと、いう風に感じておりますことがですね、昨日昨夜、あの、(お茶を飲まれる)、丁度夕方、久富先生から片を揉んでもらっておりました、で風呂が湧いたと言うてまいりましたから、私はもうこの、一応、ここあっ、二十年あまりですか、神様からこうして様々に、お知らせを頂かせて頂くようになってもう一々自分の一挙し一動、神様にお願いをするんです、ね。
 例えて言うならば、立つ事もしゃがむ事も、やはり神様にお礼を申し上げる、いやいやお伺いをする、立って良か、座って良か、お風呂入って良か、便所行って良かと、私便所行く事も一々神様にお願いしてから行ったりする、(?)、もう本当に、でなかったら動かれん、そんな気がするんですよ、私は、ね、ですからやはり皆さんでも、日々お取り次ぎを頂いてです、「只今から便所にやらして頂きます」「只今からたくあんを切らせて頂きます」といったようなことが必要である、ね。
 ところがですね、昨日私が、その風呂を言うて来ましたから「只今からお風呂入らして頂きましょうか」ということをお届けせして頂いたらね、ご返事がない、重ねてお伺いさせて頂きましたらね「今日からは、」「これからは、」「日常茶飯事の事は伺うな」ということを頂いた、「もうそういうことまでは、もう一々神に伺うな」と、これはもう十何年間続けて来た事、それでもこれは、やっぱり伺いつけとるわけん伺うにはおられない、もう昨日から今日にかけて、もう何遍もおうか、「あらっもう伺おうと(?)じゃった」と(?)てから思うんです、身に付かないとそういう事なんです。
 これが身に付いてきたら素晴らしいことであろうと思うのです、「けれども神様私の心が乱れておる時は願います、私の心が汚れておる時は(ゆずります?)、生身を持っておる人間でございますから、腹の立っとる時もございります、そういう時にはです、私はどういう風にさして頂いたらよかろうか」と言うたら、「その腹立ちの中から神が教える」とおっしゃる、「お前が腹ん立っとる時には神が腹ん立っとる時ぞ」という意味のことを頂きました、ははぁ、これはいよいよ私の信心に一つの大きなここにいわゆる分かれ道、これはね、皆さんではなかなか理解が出来なさらんと思いますけども、私はこれは大変なことだとこう思うております、ね。
 これは私の信心の、区切りというのがございますが、ここに一つの区切りが出けた「今からはいちいち神に伺うな」と「せめて心が乱れておったり、汚れておったり、言わば汚いことをしておる時やらは、神様やっぱちょいと自分の運びに信用が出来ん」けれども、その「その事だってです、その事の中に神が働く」という、言わば御約束を私に下さった。から私が腹かいとる時には神様が腹かいて下さった時と思わにゃいかん、私が「食べたい」と言うと神様が食べたい時になんに食べさせてもらわにゃいかんと神様が。
 もう私のもう家内やら高橋さんやらはもう「あれを食べていけません、これは食べちゃいけません」もうこれはちっと(笑)、(?)ですね、神様に(笑)、そういうことである、私が食べたいっち思うっちゃない、神様が食べたいっち思いござる(笑)、というほどにです尊いことになってくる、これが私の身についてしもうたら、そういうことになるだろうとこう思うです、今は実にぎこちがない、ぎこちないこと、もうなんでもお伺いしておったんですね。
 だから、今日私その、あの、霊様にご挨拶したら、内へ(?)へ引っ込むでしょ、けども出てこなかった、だから私のやはり人間心かもしれんばってん、まあ十五分ばっかりあるから、私は(  ?  )と思うて、ここで座ったまま神様にお伺いもなにもせずにここへ座った、座ったらやっぱり私が座らなければならない人がお届けに来ておった、私がこれをすんどったらもう、その人がお会いすることも出来ないという人が来ておる、ね、昨日もそうでした、その( ? )座った、あることが私しきりに気になったから、「末永さんあの事どうなったか」って私が聞きましたら。
 「いやそれから」というところに電話がじゃんじゃんかかってきた、その人から電話がかかってきた、ね、ははぁ私が気になったんじゃなかったな、神様が気になんなさったんだなぁということが分かるでしょうが、ね、というようにです、これはいよいよ素晴らしいことになって行くだろう、これが私のものになった時に、ね、だから今日皆さんに私がお話しいたしましたことがです。
 それが、もう手の平を返すようにそれが皆さんの血に肉になるとは思えませんけれども、ぎこちないながらも、ね、失敗しながらも、そのことを、私は押そうと思い込ましてもろうて、それを行じていくところの信心がです、稽古がなされなければならない、そこからそのことが皆さんの、言わば、もう当たり前のこととしてそれがなされて行くようになってくる、そこから勿論おかげもスムーズになってくることは勿論でございますね。           どうぞ。